GUMKA工房記

GUMKAミニチュアの備忘録を兼ねた日常記です。

記憶の底から

ソ連からの切手帳

5月20日の東京大学五月祭での講演用の原稿を書いているとき、過去の資料を確認するうち、いろんな物を発掘しましたが、その中で「これは!」というネタを紹介します。 私の持っている資料の多くは、社会主義国時代の東欧やソ連の友人から送ってもらったもの…

真鍮素材屋

模型店時代、しかも駅前に移転する前の旧店舗の頃の話です。 古くからの付き合いのある江戸川区の塗料屋の店主から、 あるとき、尋ねられました。 「高田さんの店では、真鍮パイプとか真鍮線とか扱っている?」 てっきり、必要な物があるのかと思い、 模型で…

そのアイテムは盛り上がらない…

1990年代、ヨーロッパには、大小様々なレジン・メタルカーのメーカーがありましたが、その多くは、休業もしくは廃業しました。ある程度の規模で活動していたメーカーは、販売数の減少とか、資金の行き詰りなどの経済的な理由からですが、個人が趣味の延長で…

かき氷を食べた場所

まだ弟が、よちよち歩きをしていた頃だから、私が幼稚園生か小学校1~2年頃の夏のある日、祖父と祖母が、かき氷を食べに誘ってくれた。この季節に、いつも行く上野の不忍池の縁日(植木市)、あるいは、柴又帝釈天の参道脇かと思っていたら全然違う場所だ…

心に残る一言

その1 房総にて 二代目GSX250Eに乗っていた頃だから、1980年代半ばの話です。 外房までツーリングに出掛け、途中、小腹が空いたので、 ラーメン屋か定食屋はないかな?と捜していると、 うちは歴史ありますから…という風情の食堂がありました。 暖簾は出て…

赤いカルマン・ギアの女、その後

昨年10月下旬、祖父の三十三回忌法要がありました。33年という時間の経過は残酷で、祖父の長男であった父は既に亡くなり、長女と次女である叔母たちは、身体の具合が悪く、法要を欠席しました。当時、大学生だった私も、もはや50代の無理が効かない年齢に…

私はかつて大鷲だった

先週の香港出張の最終日の夜は、いつものように、 現地在住の旧友ツツミシタ大塚君&彼の奥さんと晩飯を。 九龍半島の下町、深水埗の裏路地には夜になると、 道路の1/3くらいを勝手に占拠し、テーブルを並べて 発泡スチロールのトロ箱を生簀代わりに沢山置い…

赤いカルマン・ギア

今から20年近く前のF1が大流行りしていた頃、巷には舶来品の1/43のレジンカーが溢れ、自動車プラモの新製品は次々と出てカーモデラーにとって、わが世の春でした。私も、そのお零れにあずかり、1/24プラモやレジンカーの仕事をいくつかやりました。 そして、…

チェチェンの運び屋

1月25日、モスクワのドモジェドボ空港で自爆テロがあり、まだ断定はされていないものの、チェチェン共和国がある北カフカスのイスラム武装勢力による犯行との見方が強まっています。 自爆テロは非道な犯罪で、今回も多くのロシア市民と二名の英国人を犠牲に…

俺はサイモン、こいつは弟のハンス…

2004年8月、フィンランドに向かう途中、トランジットのためにモスクワの空港に降りたところ、ロシア国内線で爆弾テロが起きました。 空港内の雰囲気が物々しくなる中、なんの説明もないまま、結構な人数のトランジット客が空港の片隅に放置。さすがロシア人…

物価の格差

二年前、仕事の研修のため、高知から友人が上京し、 約40日間、都内にある長期滞在者用ホテル住まいをしていました。 ホテルには、コンロと流し台があって、簡単な調理は可能でしたが、 やはり、厳しい研修で疲れて帰ると、どうしても食事は外食に。 そこで…

よい子や正しい大人は、真似してはいけません。

三年前の今頃、外房の馴染みの漁師料理屋に行き、食事をしていたら、店主が 「ほれ、これオマケ」と、ある貝の焼き物を出してくれた。 私「ちょ、この貝は毒でしょうが?人のこと殺す気?(笑)」 店主「いやいや違うって。季節によって、毒は強弱があるんよ…

マタギ・ソード

去年5月に、アエロフロートのパイロットの友人が来日したときの話。 事前に「Matagi sword」が欲しいというメールがあったので、 何だそりゃ?と思い、絵を描かせたら単なるナタだった。 なんでも、仕事で滞在した欧州某国のホテルで偶然、 マタギのドキュメ…

ドレスデンのZSU-57-2

まだ、地球上にソ連という国が存在し、世界は西側と東側に二分され、冷戦という時代だった1987年、奥さんが、陶磁器で有名なマイセンに行きたいというので、今は亡き東ドイツを旅行し、ドレスデンにあった軍事博物館に寄りました。 展示物の中に、ZSU-57-2対…

イタリアよ、イタリアよ(2)

「きっと部品が、すぐには届かなくて、一ヶ月くらい放置されるんだろうな」 齊藤君はそう心の声で呟きながら、モリーニをバイク屋に預けたが、 5日程で修理完了の電話があった。引き取りに行くと、例のフルシチョフ似の工場長が、 ご機嫌で日常整備のポイン…

イタリア、イタリアよ(1)

商社の駐在員として、1985年から87年まで、イタリアに滞在した後輩の齊藤君の話。 滞在して1年近く経った頃、街にも慣れたので、 日本にいる頃から欲しかったモト・モリーニ社製のV型2気筒350ccエンジンの バイクの購入を決意した。ロングセラーな車種だっ…

父の懐中時計

5年前に他界した父親から貰った古い精工舎の懐中時計は、 父も祖父から譲り受けた親子3代もの。 ただ風防が割れており、文字盤も黄ばんでいたので、机の奥に何年も置き放しでした。 あるとき、長女が欲しいと言いだし、親子4代かと思うと、修理する気になり…

香港スキヤキ

仕事で年に数回、香港に行きますが、たまに旧友O君と会います。 彼は学生時代からの香港好きが高じ、現地に長期滞在するようになり、言葉を覚え、 そのうち仕事にありつき、アパートを借り、香港女性と結婚し、 とうとう昨年には市民権も獲得しました。 昨年…

サハリン・スキヤキ

リーマンショック以後、世界中の経済が大混乱となりましたが、 それまで経済成長率7%以上だったロシアも例外ではありません。 まだ空前の好景気を謳歌していた2007年の3月、ロシア人の友人が仕事で来日しました。 当時のモスクワは和食ブームで、市内だけで…

祖母の見た黒いヘビ

父方の祖母は、2003年4月に92歳で他界したのですが、 今回は、生前に幾度も聞かされた奇妙なヘビの話です。 祖母が少女時代を過ごし、この話の舞台でもあるH市は、 北陸は富山県の西北部に位置する日本海側では有数の漁港です。 冬に水揚げされる「寒ブリ」…

61式戦車のキャタピラ

まだ私が旧店舗で営業していた頃の話です。ある夏の日、突然、名前も顔も知らないお客さんが、台車をガラガラと押しながら御来店。その荷台には陸上自衛隊の61式戦車のキャタピラが1枚。怪訝そうな顔の私に、その人はニコニコしながら、 「どうぞ差し上げま…

庭師のいた時代(2)

庭師の話ですが、前回だけだと 「昔は、いろんな仕事があったんだね」 で終わりですが、 もう一つ不思議なエピソードがありまして。 庭師が御膳を食べ終わると、 祖父が笑みを浮かべながら私を指差して、 「こいつは、どうや?」 と彼に尋ねました。 彼は手…

庭師のいた時代

私の父と祖父は同じ業界に働きながら、真逆のような性格で折り合いは悪かった。なので、祖父に届け物があると、父は必ず私に託した。中学生の頃、いつものように祖父に届け物をしたら、 「来週、庭師が来る。珍しいので見に来い」と言われた。 祖父の家には…

人生に影響する何気ない些細な体験

人は体験から学ぶ。そして何気ない些細な体験が、 その後の人生に影響を及ぼすこともある。 まだ私が大学生の頃だから、今から25年以上も前、 友達数人と大学の近所を歩いてたら「サイトウ」と名乗る中年男性が 「弁当付きのTVエキストラのバイトがあるよ」 …

竹細工の手長エビ (2)

八幡宮神社からの帰路、子供心に「一つくらいは自分にくれるだろう」と期待したが、祖父は竹細工を、すぐに仕舞い込んで、一切触らせてもらえなかった。 高校年のとき、祖父と子供の頃の思い出話をしていると、丁度、八幡宮の竹細工露店の話題になった。まと…

竹細工の手長エビ

私が大学生の頃に亡くなった父方の祖父は、ある鉄骨橋梁会社の重役だったが、業界では趣味人、というか変人として有名だったらしい。その業界の御年輩の方と会って自己紹介すると、大概「ええ!、あの稔さんの御孫さん?!」と驚かれ、生前のおもしろいエピソー…

シンちゃん(3)

M氏の長兄の送迎車が到着するまで、シンちゃんにポルシェを潰してからの逃走経路を尋ねた。 お婆ちゃんが岡山県にいるのを思い出し、市場で博多に戻る長距離トラックを ヒッチハイクしたまでは良かったが、乗ってドライバーと話すうちに、 子供の頃の記憶し…

シンちゃん(2)

「炭酸を飲み過ぎると体によくないんだよ」 大好きなコーラを飲むときの昔からの決まり台詞を言いながら、 シンちゃんは、500mlペットボトルを一気に飲み干した。 もう40代となったが、話し方は全く昔と変わっていない。 バックから一本の瓶入り醤油を出すと…

シンちゃん(1)

一昨年の夏、定休日に野暮用で店に行った。急ぎという用件でもなかったのに、 どうして、わざわざ出掛けたのか自分でも、よくわからない。 思えば虫の知らせだったのかもしれない。 帰ろうとしたら電話が鳴った。奥さんから買い物の依頼かな?と思い、出てみ…

友人の死

20代や30代の頃には考えられなかったが、45才を過ぎた辺りから喪服を着る機会が増え、自分の年齢をしみじみと感じるようになった。 今から6年前の2002年7月末に、古い友人のMの長兄から一本の電話があった。敢えて意図的とも思えるような淡々とした口調で、5…