GUMKA工房記

GUMKAミニチュアの備忘録を兼ねた日常記です。

Mrハカイダー vol.2

紹介されたのは北関東に住むU氏でした。電話すると丁寧な口調で、お話しは聞いておりますとのことで、御自身もモデラーで、私のやっていた模型店も知っていますよと、そこまでは全く普通の会話でした。

 

「…ただ私、日本の大統領はハカイダーと信じておる者でして(本人の言葉のまま)コレクションを御見せするには、ハカイダーの歌が歌えて、私とハカイダー話を20分以上できるのが条件ですが、失礼ですが、ハカイダーは御存知ですよね?」

 

お~、これは相当変わっているな~。弟が人造人間キカイダー仮面ライダーなどの等身大ヒーロー世代なので、TV本放送は、一応は見ており、主人公のライバル程度の知識はありました。歌のメロディは覚えていましたが歌詞までは知りません。

 

幸い模型店の常連だったかさぱのす氏が特撮ファンだったのでCDを貸してくれ、会話の中で、映画版ハカイダーの話が出たので、それもtutaysで借りて予習しました。

 

自宅訪問したのは10月下旬か11月上旬頃で、タケベ・スズキが同行してくれました。小高い丘の麓で、雑木林と畑に囲まれた古くて大きな日本家屋でした。広い庭にH2がガレージから出され置いてあります。挨拶を交わした段階では、全く普通、いや普通以上のキチンとした方。まずは歌わされるのかと思っていたら、

 

「今日は雨が降りそうなので、先にバイクの写真を撮ってください」

 

あれ?いささか拍子抜け。写真を撮っていると、その横で、久々にスズキさんのコブシが効いたハカイダーの歌が聞きたいと、マメカラを渡し、タケベ・スズキ熱唱。U氏、とっても満足そう。

 

撮影が終わると、母屋に案内され、U氏のハカイダー・コレクションルームへ。そこで御約束のハカイダー談議を聞かされました。Uさんが仲間と自主製作した8mm映画の上映もあって、20分どころか三時間くらいハカイダー漬けでした。
 
部屋には実物から型取りしたという1/1レプリカマスク、8mm映画用に自作したハカイダースーツやハカイダーショット、当時のオリジナル台本やムック本、海洋堂黎明期のレジンキットなど、貴重な品々が沢山。

 

ハワイでキカイダーが放送されたときのポスターやパンフレットは新婚旅行でロスに行ったとき、現地のキャラクターショップで買ったそうです。ちなみに、我々が訪問したときは独身……ハカイダーのせいではないと本人は申しておりました。

 

ハカイダーの自主製作8mm映画は同好の仲間とお金を出しあって撮ったそうで、あるときロケット弾を発射しながらバイクが走るシーンを撮影するために、前輪に花火を仕込んで着火して飛ばしたら、冬で乾燥した枯れ野に落ち、あっという間に小火になったそうです。消火に来た地元消防団員からこっぴどく怒られ、

 

「いい歳した大人が、仮面ライダーゴッコなんかしてんじゃないぞ!」

 

と言われたとき、そこだけは譲れんと、

 

「いや、これはハカイダーだから…」

 

と言い返したら、余計怒られたなど、エピソード満載でした。

 

ハカイダーファンには、人造人間キカイダーに出た初代しか認めない「ハカイダー原理主義者」と、初代はもちろん、ギル・ハカイダーから雨宮監督の映画版まで認める「汎ハカイダー主義者」に別れ、さらに、汎ハカイダー主義者はバイオハンター・シルバまで認める「大乗ハイダー教徒」と、それは別物だとする「小乗ハカイダー教徒」がおり、U氏は汎ハカイダー主義者ですが小乗教徒だそうです。

 

人生に迷ったとき「ハカイダーならどうするか?」を考え、そのとおりに行動し乗り切ってきたそうです。(本人談。本当に乗り切れたかは不明)

 

H2を手に入れたのも、ハカイダーが乗っていた「白いカラス」だから。今でこそ、レストア済みだと100万円越えのH2も、CB750FやGSX750Sカタナが全盛時代だった1980年代初めは誰も見向きもせず、きれいな実動車に部品取り車1台&エンジンを含むスペアパーツ山盛り付きで、30万もしない格安値でしたが、それでも周囲から「騙された」と言われたそうです。

 

以来、いつまでも乗れるように、部品取り車や予備車を集めた結果、地元でカワサキ・トリプルのコレクターみたいに呼ばれるようになったとのこと。

 

あの奇妙な見学条件は、誰にでもバイクコレクションを見せていたら、盗難にあい、貴重なパーツやバイクをごっそり盗まれたので、ああ言って、なるべく見せないようにしているとのこと。

 

とにかく濃い数時間でした。お土産に小さなハカイダーフィギュアをくれました。

 

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