GUMKA工房記

GUMKAミニチュアの備忘録を兼ねた日常記です。

激動のハチマル


 GT380コレクターのタケベ・スズキさんから届いた大きめな封書の中身はMr.Bike誌の2008年9月号。4月末にあった倉庫撤収を手伝ったとき、古いバイク雑誌を何冊かもらったので、そのお裾分けだそうです。

 現在、Mr.Bike誌は紙媒体としての発行は終了し、Webマガジンに移行しています。

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 巻頭特集は「激動のハチマル」で、1980年代は、どんなバイクが売れていたのか各排気量のベスト10を年毎に紹介しています。「GSX250Eは何位だろう?売れていたのか?いないのか?」と思いつつページを進めましたが、これが意外や意外な結果でした。

 まずは1980年から。この年の1月にGSX250Eは発売されました。


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 1位がCB250T/Nですが、これは同じフレームとエンジンを使い、外装が異なる二車種を合計した数字なので、個別に集計すると2位のXS250SPLや3位のXL250Sに抜かれそうです。

 GSX250Eは5位で8000台も売れていました。1980年式はスポークホイールのGSX250(輸出専用)とキャストホイールのGSX250E(国内・輸出両用)がありますが、総生産台数は10,776台なので70%以上が国内登録されたことになります。

 爆発的ヒットとなったRZ250は意外にも8位ですが夏頃に発売されたので、4か月しか販売期間がないので、この結果なのでしょう。

そして翌年の1981年になると…

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 RZ250がぶっちぎりトップなのは当然として、2位はなんとGSX250Eという大健闘ぶり。販売台数も前年より5000台以上も上乗せしています。現在、通称「ザリ」と呼ばれるGSX250E初期型の中古車は、この1981年型が多いのですが、これだけ売れたのなら納得です。

 5年ほど前、スズキバイク販社OBの方とお話ししたとき、「RZ250が出たので、やむなく、スズキはGSX400Eの装備だったアンチノーズダイブ機構とギア・インジケーターを250Eにも導入した「そしたら、すごく売れたが、400Eの登録台数は半減して、旧型の250Eと400Eを在庫してた販売店からは散々、文句を言われた「千葉、茨城、埼玉で売れまくったので、地方から在庫を集めて回した」と聞きましたが、どうやら事実のようです。

 1982年からは、GSX1100S刀のデザインを取り入れて、外装を一新した通称「ゴキ」ことGSX250E KATANAに替わります。この年は、ホンダがVT250Fを発売するので1位がVT、2位がRZで鉄板ですから4位か5位辺りかな?


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 意外や意外、4位はGSX250Tで前年の250Eを凌ぐ14000台越え。そしてGSX250E KATANAは8位…しかも販売台数はガックリと落ちて4700台に…う~ん、街中ではGSX250Tを見た印象があまりないのですが?KATANAに乗っているお姉ちゃんを結構見たけど、初期型では見ることはなかった女性ライダーが増えたから、目立っただけで台数的には大したことなかったんですね。

 御礼がてら、タケベ・スズキさんと電話で話したのですが、1980年代は250ccバイクを仕事用やレジャー用に使っていた中高年層が沢山いて、ホンダのCB250TやCM250、スズキのGSX250T、ヤマハのXS250SPL、SR250は乗車姿勢が楽で燃費も良くバイク店での値引き額も大きかったので彼らの御用達だったそうです。

 そういえば、休日の川の土手や湖、池の駐車場には釣り人が乗ってきたであろうCM125やXS250SPLが沢山、停まっていたし、蔵前の問屋街ではカブやヤマハのメイトに混じり、リアキャリアに積載法違反だろ~突っ込みたくなるくらい山積みの荷物を乗せたCB250TやCM250が元気良く走っていました。建築現場にも職人の通勤の足であろう125ccのビジネスバイクや和メリカン250ccがいたのを覚えています。

 今、この層は雨風を凌げる軽自動車に移行してしまい、この手のおっさんバイク市場も壊滅しましたが当時は、馬鹿にならない規模だったんでしょうね。

 こんな、おもしろい号をなんで、当時、俺は買っていなかったんだろう?と思いましたが、2008年夏と言えば、義母の病気が発覚し、店を譲渡して引っ越し先を捜していた最中だったので、余裕はなかったんでしょうね。

パラパラとページをめくっていたら、こんな写真が…

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ハーレーで二人乗りするほど仲の良かった夫婦が今や…9年の歳月とは、そういうものなんですね。