GUMKA工房記

GUMKAミニチュアの備忘録を兼ねた日常記です。

モデラーの引っ越し

 先日、秋葉原模型店で、カンプの会員だったTさんと久々に会いまして。50代のモデラーであれば、Tさんがスクラッチしたソ連のT-35重戦車ジオラマを覚えている方も多いでしょう。

 総武線沿線に住んでおられたので、私が市川で模型店をやっていた頃は、お客さんとして来てくれましたが、南流山に引っ越してからは交流が途絶えてしまい、模型店などで会ったとき、近況報告をし合う程度に。そういえば、前回会ったのも同じ模型店で、KV-85重戦車の話をしましたっけ。

 今から35年ほど前、会のメンバーでソ連戦車好きだったのは、呉光雄さんとTさんと私の三人くらいで、しかもTさんとは同年齢だったので、よく話しました。Tさんは、古いプラモデルのコレクターとしても有名で、会長だった十川さんと黎明期プラモの話を始めると、私なんぞは横で聞いてて、お手上げ状態なほど知識豊富でした。

 当時はネットオークションとか絶版キット専門店などなく、古いプラモデル捜しは自分の足に頼る時代だったので、電話帳を頼りに、いろんな模型店に行って個性豊かな店主からプラモを入手する話はワクワクしたし、タチの悪いコレクターから、キット交換で外れを掴まされ「やられた~(泣)」という話も盛り上がりました。パッケージデザインの変遷などを紹介するホームページもなかったため、箱や印刷文字の変化をコレクター目線で解説してくれる蘊蓄話は役に立ちました。

 前に会ったとき、近々自宅を引っ越すので、プラモのコレクションをどうするか頭が痛いと悩んでいたので、その後の様子を尋ねてみると、引っ越しは無事に終わり、コレクターとしては断腸の思いながら、在庫の1/3を処分し、新居になんとか収納できたそうです。しかしまだ、御自身が管理されているアパートの部屋に手つかずの在庫が残っており、それも早めに片付けねばならないのが目下の悩みとのこと。いやいや、すごいぞコレクター魂!

 記憶を手繰れば、私も2008年の引っ越しの際、飛行機と車のプラモは全て処分し、タミヤのMMシリーズは作りかけも含めて、埼玉の知り合いに引き取ってもらい、ドラゴンやサイバーホビー製品、自分の趣味とは外れるレジンキットはネットオークションに出品して、なんとか半分程度に減らしましたが、まあ、言いかえれば半分は残ったわけで…

 んで、残った在庫を見ると、まともなプラモより、チェコ・トンダのVFキットとか体制崩壊直後のロシア製レジン&メタルキットとか「そんな物を残してどうするんだ?!」「お前、本当に、これを作る気あんのかよ」と自分自身を半日くらい問い詰めたくなるアイテムが50%くらい占めているのですが、その話をしたら、Tさんが「わかる!わかる!」「私も同じ」と嬉しそうに。


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 まあ、モデラーとは実に因果な生き物でございます。